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DOS & DON'TS
THE CREATORS PROJECT - SPIKE JONZE
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![]() TEXT BY JEREMY KELLY, PHOTOS BY TRAVIS BEARD
ここ最近何度も言っている通り、世界のドラッグの90パーセントを製造しているアフガニスタンではアヘンやヘロインが簡単に手に入る。国連薬物犯罪事務所は、国民の4パーセントにあたる100万人ものドラッグ使用者がいると推測。そのうち、15万人がアヘンかヘロインを使用していると推測されている。乾燥したサソリやヘビの頭と一緒に吸う人もいれば、薬として子どもに与える親も多い。マジで。
麻薬使用者がいれば、もちろんリハビリ施設も必要となる。オレたちの友人、ジェレミー・ケリーは、アフガニスタンで急速に拡大しているドラッグ問題に、国がどう対処しているかを調べに行った。
南カブールの郊外には、2002年に設立された、アフガニスタンで最も古いドラッグ治療施設であるネジャット・センターがある。幾つものNGOに援助されているこの施設は、1990年半ば以降から、パキスタンである程度の成果を出しているシステムに基づいて運営されている。施設の需要があまりにも高いため、入院したくて仕方がない患者はまず3ヶ月間毎日カウンセリングを受け、本当にやめる意志があるのかを見極められる。オレが訪れた日は、元使用者が、どうやってヘロインをやめたかについて25人ほどの男たちの前で話しているのを聞いた。集団には、10代後半の若者から長いヒゲのじいさんまで様々な人たちがいる。息子を連れて来ている男や、休憩時間中に訪れた制服姿の警察官などもいた。 ![]() グループ・セッションの後、施設の監督であるタリク・スリマン先生が診療所を案内してくれた。3ヶ月間のカウンセリング期間で完全に麻薬を止められる人もいるが、大半は毎日が戦いだと彼は話した。順番待ちの名簿にリストアップされた1,700人のうち、週にたった5人だけが、2週間、麻薬を禁断させる全寮制のプログラムを受けることができる。到着すると、彼らはまず体を洗い、頭を丸め、新品で清潔な服を渡される。最初のカウンセリング中に彼らは個人衛生について教わり、最初の数日間はなるべく睡眠をたくさんとらなければならない。午前11時に解毒室に到着した時、5人の患者はまだ全員眠っていた。そのうち一人は我々の話し声で起き上がり、笑顔で握手をしてきた。彼の名前はムハンマド・サリム。パキスタンで初めてアヘンを吸ってから、過去9年間やめようと努力してきたと言う。しかし、職が少なく麻薬が簡単に手に入るこの環境で、アヘンをやめることは難しいと彼は語った。しかし、もうジャンキーパパではいたくないという強い意志があるらしい。「僕は暗闇の中にいたんだ。今、頭を光の方へ向けようとしている」と彼は言う。 ![]() また、マクスードという患者は幼い娘の葬式に行き損なってからこの施設に入院した。葬式用の布を買うお金として父親から800アフガニ(16ドル)を渡された彼は、それを使ってヘロインを買ってしまったのだ。ドラッグによるまどろみから目が覚めて帰宅すると、娘はすでに埋葬され葬式もすべて終わっていたと言う。皮肉なことに、彼はこの体験によって目覚め、現在ナジャット・センターで完全な回復への道を歩んでいるのだ。 スリマン先生によると、多くのアフガニスタン人がドラッグに手を染めた理由は戦争であり、今でもそれは変わらないと言う。 ![]() 「ドラッグをやると、ヘリコプターが蝶のように見えるんだ」と、患者が言っていたことを彼は教えてくれた。施設は注射器を週100本ほどと、同数のコンドームを調剤しており、回復率は30から35パーセントだと話す。 カブールの外では、ドラッグの乱用を防止したり治療するのは難しい。例えば比較的平和な北部では、有名なアフガニスタン産のカーペットと、若い世代のドラッグ常用者を生み出していることで知られている。国連薬物犯罪事務所の企画幹部であるムハンマド・アカ・スタニクザイはこう言う:「母親はカーペットを縫っている時、子どもの面倒を見る暇がないのかもしれない。だから、子どもが泣き出したらアヘン入りの溶剤を作っておとなしくさせるんだ」。また、何時間も機織り機を使っていて体中に痛みを感じるという人も楽になるために使うらしい。ウズベキスタンの国境付近にあるトカヒという村で暮らす家族は、あまりにも貧しく、食べ物とアヘンを買うために機織り機を売ってしまった。現在肉体労働をしている夫の日給、1ドルから1.5ドルは、自分、妻、そして子どものためのアヘンに消えていく。 ある匿名の母親は、子どもを中毒にさせてしまったことを認めたが、当時は何も知らず、他に選択肢はなかったと言う。「1ヶ月前までは薬を買う方法なんてなかったの。一番近い薬局までは60キロもあるけれど、アヘンはほぼ無料で渡されるのよ。子どもにとって悪いものだったとは知らなかったわ」。西部にある都市、ヘラートで暮らす母と娘は、1年前からアヘンを使用し始めた。彼女たちは、自らのアヘン中毒についてオープンに話しをしてくれた。母親は、25年間ドラッグ常用者だった夫の死後、鬱になり、アヘンを使うようになった。そして、足の痛み止めとして娘にも勧めたのである。娘は中毒によってしょっちゅう学校を休むようになり、リハビリ施設への入退院を繰り返している。 国連薬物犯罪事務所はNGOと共にデマンド・リダクション・アクション・チーム(需要削減活動 ![]() チーム)を組み、郊外の人々や、男性優位社会ではなかなか治療施設に行けない女性を助けている。国内で二番目にアヘン製造量が多いバダフシャーン州の人里離れた地域では、このドラッグを薬として自由に使っているがその代償は大きい。薬として渡された人たちは、アヘンの味を覚えてすぐにハマってしまう。更には究極のハイを求めて、サソリを殺して乾かし、粉にして、ヘロインかアヘンに混ぜる人もいる。これは幻覚効果をもたらすらしい。また、サソリの代わりに乾燥したヘビの頭を使う人もいる。 イランの国境付近にあるヘラート州の、GTZというドイツのNGOに資金援助をされているシャハマト・クリニックでは、たった20個のベッドのための順番待ちの名簿に4,000人の名前が連なる。国連薬物犯罪事務所は、果てしない戦争と貧困から逃れるためにドラッグを使用している多くの国民のために、持続可能な未来をどうにかして切り開こうと頑張っている。彼らは男性、女性の両方に服の仕立てを教えていて、クラスを受けた人の中には小規模の自営業を始めた人もいる。 ![]() アフガニスタン、そして西洋が行っている麻薬製造量を減らすための努力は、暴動(特に世界のヘロインの4分の1を製造しているヘルマンド州で最も激しい)、そして腐敗を完全に阻止できない政府によって妨害されている。まあ、大統領指名の汚職防止担当者がヘロイン密輸で4年間ネバダ州の牢屋に入れられていたことや、結婚式で初対面の麻薬対策委員会の大臣にハシシを渡されたりすることを考えるとそう驚くことではないだろう。そんな中、ドラッグ使用者の数は依然増え続けている。保健相のアミン・ファティミーは、「アフガニスタンのこの戦いは必ず打ち勝つ」と前向きな姿勢だ。しかし、海外援助に完全に依存しているこの国には外部からの助けが必要だ。国際社会がこの問題の重大さに気づき始めたにしても、地域によっては非識字率が90パーセントにも上るアフガニスタンでは、“治療の前に予防を”という対策を打ち出すのはなかなか難しいだろうとファティミーは考える。 最近の活動では、2万冊ものアンチドラッグ冊子を印刷し、金曜日の祈りの日にはムッラ(宗教指導者)に使ってもらうようにしている。また、町のビルボードにはアヘン畑の周りをダンスしている悪魔の絵が描かれたり、政府が生産するマッチ箱の表には巨大なヒマワリに囲まれて笑っている男、そして裏には大きなケシの実の下でうずくまっている男の絵があったりする。ファティミーの目前の課題は静脈注射薬物乱用の防止である。これはタリバンが滅びた2001年の終わり頃から徐々に広がり始めたもので、アフガニスタンではまだ日が浅い。 案の定、これによってHIV感染の件数が増加した。今のところ把握しているのは69件だが、実際は2,500にも達する可能性もある。政府運営の麻薬需要削減部では34州のうち17州で専門的な支援を提供しているが、実際に問題を対処しているのは国連やNGOが中心だ。保健相曰く、この国こそが世界中を飛び交うヘロインの源泉地なので、ここの若者を麻薬の悪の手から救えば、世界を救うことになるのだとか。果たして成功するかは見守るしかない。 |