DOS & DON'TS




THE CREATORS PROJECT - SPIKE JONZE










PHOTOS AND TEXT BY TANYA HABJOUQA


第3次中東戦争中にイスラエルがヨルダンから占領した(というか取り戻した)土地、東エルサレムには、6,000人ものジャンキーが暮らしている。ヨルダン川西岸の他の地域とは違い、パレスチナ当局はこの地域を管理できない状況にあるため、アラブの社会的・法的インフラなど、ここでは全く見当たらない。更に、難民キャンプやユダヤ人居留地が本格的な内戦状態にならないようイスラエル警察が懸命に動いている中、パレスチナ人のヘロイン中毒者の面倒を見ることなんてあまり重要視されていないのだ。



東エルサレムのジャンキーの大半は旧市街に集中している。ちなみに旧市街とは、嘆きの壁、イエスとムハンマドの死に場所、そして35,000人ものユダヤ人とアラブ人が集結する1?の土地。写真のハッサンは、過去17年間この敷地内を転々として暮らしてきた。


東エルサレムの入り口である、イスラエルのチェックポイントから徒歩5分のシュアファット難民キャンプ。その付近のヘロイン窟の前で、オマールと友人はヘロインが来るのを待っている。爆撃でやられているこの廃墟には、いつでも50人ほどの男がヘロインを打ったり、吸ったりしている。


この父親は妻と5人の子どもたちと一緒に、旧市街にあるキッチン・ベッドルーム・クローゼット付きのワンルームアパートで暮らしている。彼は子どもたちに見られないよう、いつもクローゼットに隠れてヘロインを打っているらしいのだが、そのわりには良いパパっぽく見えた。


そして遂に、ヘロインを打つオマール。ヘロイン窟はこの地域にあるもう一つのリハビリセンター、ノール・センターから徒歩5分の距離。だが、警察がやめろと言ってくるわけでもなければ、更生したところで仕事に就けるわけでもないので、彼がその5分の道のりを歩く可能性は限りなくゼロに近い。


東エルサレムには、3つのパレスチナ麻薬リハビリセンターがあるのだが、そのどれもが相当ショボイ。更生用の本やコーヒーくらいしか置いていない。写真に写っているのは、モーゼの墓の上に建てられたと言われているタハラ・センター。