DOS & DON'TS




THE CREATORS PROJECT - SPIKE JONZE












TEXT BY FAREED ABAS ILLUSTRATION BY CHRISTY KARACAS


“セックス、ドラッグ&ロックンロール”ってのは西洋の概念。イラクでは、こういうものは欠如している。ナイトクラブなんて存在しないし、セックスは神聖でプライベートなもの。そして道端でドラッグが取引されてる光景なんて、男女が街中でイチャついてるのを目撃する確率より更に低いだろう。俺のように一生イラクで過ごしてたら、死ぬまで公の場でセックスやドラッグを見る機会なんて無いかもしれない。

イラク人は、とてもフレンドリーだが保守的な人々だ。そして、自分たちの生活に結構満足している。セックスもドラッグもロックンロールも、あまり誇りにするべきものじゃない。でも、どうしても知りたいんだったら、以下を読んでくれ。




ティーンエイジャーのほとんどはテレホンセックス止まり。でもそれ以外は他の国と同じ:イラク人だってセックスをする。

イラクの女たちは、中東の国々の中で最も淫乱だってことで知られている。ジョークのひとつに、イラクの女のおっぱいは垂れてるって話がある。その理由は、セックスの最中に、イラク人の男がずっとおっぱいに噛み付いて引っ張るから。もうひとつ、イラクには“エシェ”ってのが存在する。簡単にヤらせてくれるおばちゃんたちのことさ。アメリカの言葉では“クーガー”って言うんだろ。イラクの男の多くがこのエシェのことを結構評価してる。ルックスは良くなくても、すぐセックスできるってことでね。

でも、イラクの全てのものがそうであるのと同じように、これもちょっと複雑だ。パレスチナ・ホテルのトイレで、豹柄のボディスーツを着て兵士たちを悦ばせる女たちがいる一方で、ジーンズをはいてたってだけで誘拐され、拷問され、レイプされる女たちがいる。どっちになるかの確率は五分五分さ。

サダム政権の頃はもっと非宗教的だった。女たちがミニスカートをはいてたって問題はなかった。だが今では、誰もが宗教団体の力を恐れている。女たちはブルカを身にまとい、敬虔な信者のように見せて自分たちがターゲットにならないようにしてる。西洋スタイルの洋服を着てレイプされた女がいれば、それは自己責任だって誰もが言う。

ゲイの男たちの方がうまくやってるかもな。イラクでは、男たちがお互いの頬にキスするのが普通だし、顔の毛を剃るのも自然なことだから、誰がゲイで、誰が単に都会的でスタイリッシュなのかはとてもわかりにくい。有名なイラク人の俳優がゲイだって噂があるけれど、もしそれが間違った人間たちに知られたら速攻で殺されちまうだろうな。ゲイの男たちが、いったいどこで出会ってるのかは、俺には全くわからないね。



イラクでドラッグ? 頭おかしいんじゃないのか? 俺たちの社会はとても保守的で宗教的なんだ。ストリートドラッグをやってる奴なんていないに等しいね。イラクでハイになるとしたら、それは医薬品でってこと。よく知られてるのはリヴォトリルってやつ(クロノピンと同じ成分が入ってる)で、てんかんの処方薬なんだ。アブイサレーブって呼ばれてる。“十字架の形をしたもの”っていう意味さ。何回かに分けて飲むのに便利なように、十字架型の錠剤になってるから。

バリウムも人気があるね。もと兵士だった男が言うことには、80年代のイラン・イラク戦争のときには、軍隊にいた誰もがバリウムを飲んでたって話だ。感覚を麻痺させて戦場に行くため、もしくはただ眠りにつくためにな。俺の友達の一人は、定期的にバリウムの錠剤を飲んでた。そうすることで怖さを軽減させ、近づいてくる死を恐れずに済むと話してた。

それからアルコール。前はクーラーボックスに入れた酒を通りで売ってたもんだが、今は民兵の奴らに見つかったらその場で撃たれちまう。それでも、強い酒を出してるレストランもいまだにあるけどな。そういった店ではカモフラージュのため、中身がわからないようにジュースのボトルや色付きのボトルに入れ替えて出している。イラクで一番有名な酒はアラグ。水で薄めたエチルアルコールさ。

ストリートドラッグの世界は、はっきり言って俺にゃあまりわからねえ。ハッシシ、アヘンなんかはあるけど、俺も俺の友達もやったことはないね。友達の一人がLSDをやったところなら見たことがあるよ。バグダッドに来ていたアメリカ人のジャーナリストが、帰国する前の最後の夜にそいつにあげたんだ。そいつは1日か2日くらいおかしくなってた。ていうか、それ以降今でもなんだか変だね。

最後にシンナーがあるね。イラクのストリートキッズは一人残らずガソリンやシンナーを含ませた布きれを鼻で嗅ぎながら歩いてる。



イラク人が初めてブラック・サバスを聴いたとき、奴らはその音楽に夢中になった。へヴィメタルはあっという間に大人気になった。80年代には、アメリカのメタルバンドが時々バグダッドに来てコンサートをやったもんだ。イラクのファンたちも、レザージャケットとチェーンに身を包み、長い髪でハーレーに乗ってコンサート会場へ行ったもんだ。アメリカのメタルファンと全く同じようにな。

だが1991年のアメリカとの戦争の後、アメリカの音楽は禁じられ、それを聴いてるところを見つかろうものなら、ムショ送りか殺されかねない状況になった。理由はわからないが2002年になって、政府は再び海外からの音楽テープやCDの輸入を許可した。数は少ないが、今でもメタルファンはいる。だけどまた、西洋のものを持ってると危ない状況になりつつある。

ここイラクには、ロックやダンスミュージックに相当する音楽がない。ナイトクラブという概念も存在しない。イラクの音楽は、ほとんどが悲しい音楽だ。ウード(リュートに似た楽器)の悲しい旋律がもとになってて、時にはそれに手や指を使って演奏する太鼓が組み合わさって演奏される。イラクで一番うまくて、おそらく一番有名な歌手はカーズィム・アッサーヒル。フルオーケストラを使って歌う彼は、イラク音楽の大使だと言われている。イラクで最も有名なウードの演奏家がナスィール・シャンマ。彼はアラブ世界でとても有名だ。

イラク人は歌の中でマワールを多用する。マワールとはイラクの方言で歌われる詩で、よく歌の冒頭で使われ、歌手の力量を測るものとなる。歌の中で、これらの部分は感情を伝える声であり、低く流れる演奏に合わせることもあれば、演奏なしで歌われる事もある。どっちにしても、これに合わせて踊ることなんてできないね。