DOS & DON'TS




THE CREATORS PROJECT - SPIKE JONZE








ヘロインがなる木が生える場所…… Poppy field photo by Paul Kooi, dope bag scans courtesy of Pedro Mateu-Gelabert and Liza Vadnai




その昔オレたちは、今では和食とフレンチの創作レストランになってしまった建物の壁の穴から、茶色い死のクスリを購入していた。今回、アフガニスタンのレポーターであるクリストフが、その麻薬の源を探ってくれた……。


話によると、北東アフガニスタンのバタフシャン州にあるアダム・ホール村の村人が、ヘロイン製造所の在処を地元の麻薬撲滅部隊に漏らしたらしい。山が非常に多く、肥沃な土地がほとんどないバタフシャンではすべての丘でケシが栽培されている。収穫された後、未加工のアヘン(別名“テリヤック”)は自家製のミニ飛行機を使ったり、警察官に賄賂を贈ったりして国境の向こう側へと密輸される。

この村人の情報を元に行われた強制捜査の際、犠牲者が数人出ている。それにも関わらず、西部の当局者はこの捜査を成功だと見なし、村人から情報が寄せられたのは彼らのヘロイン製造に対する懸念が強まっている証拠だと言った。しかし、それを聞いた我々は疑問に思った……なぜなら、バタフシャンの住民のほぼ全員がケシの実を栽培しているからだ。なぜその彼らが、ヘロイン製造所を破壊したがるのだろう? 様々な人々に話を聞き回るうちに、ある真実が明らかになった:その製造所を建てた将軍は、自分の村以外の者には製造所を使用禁止にしていたのだ。付近の村人は使わせて欲しいと懸命に何度も頼んでいたのだが、その度に拒否されていた。それに怒り狂った彼らは製造所に火を放ち、最終的にその存在をバラしたというワケだ。これでお互い同じ条件となった今、ヘロインを密輸する者はいなくなった。しかしその代わり、未加工のアヘンを密輸するようになったのだ。

オレは過去数年間のうち、アフガニスタンに数ヶ月間滞在し、ケシの実を栽培している農家、ディーラー、警察官、タリバン、そして外国の外交官などの話を聞いてきた。彼らはみな口を揃えて、“現在のアヘン撲滅プログラムなんてくだらない”と言う。何せアヘンはアフガニスタン最大の商売なんだから。去年収穫された、610トン分のヘロインの元となる6,100トンのケシは、アフガニスタン史上最も多い収穫で、世界の需要の90パーセントを満たした。アメリカ当局はこのアヘンこそがタリバンの資金源であると訴えているが、実際はもっと複雑だ。確かにアヘンによる利益はタリバンの手に渡るのだが、それ以外にも政府の役人や、政府と関係を持つ将軍などの手にも渡る。オレと話をしてくれた農家の多くは、定期的に行われる撲滅活動から逃れるために、地元の警察に賄賂を払っていると言っていた。これは北のバタフシャンだけでなく、東部のクナール、そして南部のヘルマンドでも同じことだった。しかし、時によって警察は、農民が支払えないような金額を要求してくるのだ。マザリシャリフに近いバーラー地域の農業者によると、「地元の役人は1ジェリブ(大体0.5平方メートル)に対して2,000アフガニ(40ドル)を賄賂として受け取ってる。払えない者は作物を破壊される。我々は彼らに再び金を要求させられる前に収穫をしようと必死なんだ」

また、「撲滅を逃れるための賄賂は、金持ちの農業者には払えても貧乏なヤツらにはとても払えない」と、ヘルマンドにある政府の麻薬対策局長、アブドゥル・マナンは言う。

警察に賄賂を払えないケシ農業者は、タリバンに助けを求めることが多い。そして彼らはタリバンと共に、警察やアフガン国軍(ANA)に立ち向かうのだ。これに関してヘルマンドの農家は「ボクはこれを良いことだと思ってる。皆が戦うことに夢中だから、自分は平和にケシを栽培できるんだ」と言っている。

更に、ナダリ地域のタリバン代弁者曰く、「これは地元の支持を集める良い機会だと思う。聖戦を続けられるし、地元の人々は土地を奪われなくて済む。我々タリバンは、撲滅キャンペーンに立ち向かうためならヘルマンドのどんな場所へでも出動する」らしい。

アヘン畑を守るためとはいえ、タリバンが必ずしも警察と戦うことになるとは限らない。戦をしなくても警察が彼らの言うことを聞いてくれることもあるからだ。カンダハールとヘルマンドの境界にある山間の街、シナールにある泥煉瓦造りの警察本部から18メートルほど離れたところに、大きなケシ畑がある。町の郊外の部署にいるアフガン人の軍司令官、サイード・ファラド大佐によると、この地域の長官はタリバンに協力する他に選択肢はなかったと言う。何せ、彼の前に知事が送り込んだ長官は、3人連続で殺されているのだから。

「警察は間違いなくケシの栽培に関わっている。敷地付近の2台の車は、麻薬の密輸とタリバンの取り分を運ぶために使われてるんだ」とファラドは言う。「現在の長官はタリバンと約束を交わしたから、誰も彼に手を出さない」

2001年にタリバンが追放されて以来、ムジャヒディンの元将軍や麻薬密売組織のボスがアフガニスタンの新しい民主主義体制を率いることになり、ケシ栽培や麻薬製造が急増している。しかも、これは誰もが知っていることなのだ。国連薬物犯罪事務所が最近行った調査によると、「この暗黙組織の基盤となっているものは、組織を保護してくれている政府の上級役員への賄賂」らしい。

バルフ地方の政治学者、カユーム・ババクによると、「ケシ撲滅企画に関わっている省庁の多くが、ケシの栽培を密かに支援している連中だ。ケシからの利益を最も得ているのが彼らなのだから、ケシが撲滅されるワケがない。彼らは世界から金を騙し取ろうとしてる」のだとか。このように、麻薬取引は法の執行や司法制度だけでなく、アフガニスタン社会のあらゆる部分に影響を与えているのだ。

ちなみに、政府の上級層までもがこの腐敗に手を貸している。ハミド・カルザイ首相は去年、アメリカ麻薬取締局によってリストアップされた最も重要な麻薬密輸者14人のうち2人の名を、カブールの米当局の助けによって消し去ったという。その2人とは、麻薬撲滅企画に直結している内務大臣補佐のムハンマド・ドードと、首相の実の弟、ワリ・カルザイ。

国連事務総長の副特使、クリス・アレクサンダーは、去年の11月に行われたカブールでの会見でこの馬鹿げた事態についてジョークを言った。アフガニスタンの麻薬商売について彼は、「政府の全員が関わっているわけではないのでご安心を」と言い、笑いが治まると気を取り直して「しかし、関わっている人物を駆除することは非常に重要である」と付け足した。

しかし現在は、以前と逆のことが起こっているようだ。ソビエト時代に建てられたカブール周辺にあるアパートの最上階に住むアミヌラ・アナーキル将軍は、昔カブール国際空港の防衛と税関を取り締まっていた男だ。我々は、逮捕された麻薬の運び屋と、彼らが運んでいた密輸品の写真に囲まれたリビングルームの床に座って話をした。密輸品は体に縛られたり、カプセルに入れられたり、その他様々な場所に隠し持って運ばれる。アナーキルは木造のボロ屋や廃墟に囲まれた滑走路だけの空港を、仲間と協力し何とかして安全な国際空港へと築き上げた。彼はボロボロの施設を気にすることなく、ドラッグの運び人を逮捕したり、彼らのシステムを妨害するようになった。しかし、アナーキルの手から離れた運び人が、なぜか立て続けに釈放されたのだ。そして、運び人を逮捕し始めてから一ヶ月ほど過ぎた頃、アブドゥル・ジャバール・サビット検事長官の事務所から来た人間が、証拠もない汚職容疑で取り調べを行い、その後アナーキルはクビになった。彼はクビになった原因を、ドラッグの密輸を排除しようとしたからだと考えている。「何度も“やめなければ殺すぞ”という脅迫を受けたよ」と彼は言った。

アナーキルは今、家族の安全を心配している。クビになった時、政府は彼のボディーガードも解雇した。「とても力がある、危険なマフィアの仕業だ」と彼は言う。「彼らは政府の役人と密接に繋がっているんだ」。アナーキルがクビになってから、カブール空港では運び人の逮捕者が1人も出ていない。

こんな状況の中、ケシ撲滅キャンペーンはやっと軌道に乗りそうだ。なぜなら今度は、ドラッグの取引人がこのキャンペーンを支持し始めたからだ。2000年のタリバンのアヘン禁止令と同じ状況で、先シーズンの過剰生産率は30パーセント。ヘルマンド地域のドラッグ密売者、ラシュカル・ガーは今年の初春にこう言っている:「撲滅キャンペーンが成功したらうれしいよ。オレはケシをたくさん保管しているんだけど、彼らが他の畑を撲滅しなければケシの値段がどんどん下がっちまうぜ」。しかし、値段は既に下がりつつある。バーラー地域では、アヘン1キロが100ドルから30ドルへ一気に落下。今シーズン、地元農家の大半はケシを植えないことにしている。「我々の土地は平坦で見渡しが良いから、隠れて栽培なんてできないんだ。その上周りにタリバンもいない。警察は去年と同じ賄賂を要求してくるだろうから、今年は栽培を諦めたよ」

マザリシャリフの当局の役人は、このケシの栽培の減少が、反ケシ・キャンペーンの成功を意味していると思い込んでいる。だが、実際は市場価格の反落でしかない。

バーラーのケシ農家はこう言った:「ボクも、近所の農家も、皆ドラム缶6個分くらいのケシを溜めてるんだ。今売ったら損しちまうから、値段が高くなるまで待つ。最終的にはボクたちの勝利ってワケだ!」

CHRISTOPH REUTER
クリストフはドイツのスターン誌のレポーターであり、『マイ・ボディ・イズ・ア・ウェポン』の著者。