DOS & DON'TS




THE CREATORS PROJECT - SPIKE JONZE







コデラック:ロシアのジャンキーたちの夢が叶えられた。






サンクト・ペテルスブルグのドラッグ環境はいつもモスクワより良かった。実際、“速い”ヤツ(エクスタシーとかメスとか)のほとんどは“ペテル”で生産され、倍の値段でモスクワに流通していた。ペテルで10年くらい前に安いヘロインが出回り始めたとき、最初は受け入れられなかったけど、流行に敏感なボーイズ&ギャルズのほとんどが『トレインスポッティング』と『パルプ・フィクション』を観てからは徐々に受け入れられるようになったんだ。この2本の映画がアフガニスタンよりも多くの俺たちの年代のロシア人を殺したって誓って言えるね。しばらくの間、モスクワのジャンキー達とサンクト・ペテル大学のキッズ達は、両方とも全員が死んでしまうまで、粗悪なものから超純度の高いものまでいろんなヘロインをやってはどっちの方が死人が多く出るかを賭けているかのようだった。

 第1世代のジャンキー達が死んでしまった後、みんなフェンタニールをやり始めた。フェンタニールは合成アヘンで、ヘロインよりも100倍強い。で、ある日、フェンタニールで130人以上が死んだんだ。2002年10月、チェチェンの武装組織によるモスクワ劇場占拠事件で、FSB(FBIみたいなもん、でも、もお〜っと怖い)は、武装組織側が900人以上の人質をとったまま劇場自体を爆破するのを防ぐ為、ファンタニールを使ったガス攻撃をしたんだ。女と子どもは簡単に過剰摂取でやられちまった。おっと! テレビでもその様子は簡単に確認することができた。青い顔をして、頭をちょっと後ろに傾け、口が開いてた。それで、フェンタニールは大衆の目には邪悪なものと映り、撲滅されねばならなくなった。皮肉にも、その仕事はFSBに任せられたんだ。最初に毒ガスとして使うことによりフェンタニールを邪悪なものにしちまったヤツらにね。

 数週間でフェンタニールは一掃され、ディーラーは全員死んだかムショの中にいた。で、その後はというと? 総ジャンキーの国民と、誰も見向きもしないアヘンの山を抱えた、腐った政府が残っただけだ。さあ、何が起こると思う?

 サンクト・ペテルスブルグとモスクワに住んだことのある34歳の麻薬中毒者アレックスは言う。「フェンタニールとヘロインが全部なくなってしまった瞬間、いきなりコデインの入った咳止めの薬が国中の薬局に並んだんだ。そこら中で空になった青い箱を見ることができたよ。国営放送でこの薬の宣伝までやってたんだぜ。明らかに、政府は何かを企んでたんだ」。確かに、2003年までには、モスクワでの違法なアヘンのほとんどがこの大人気の市販薬に代わってしまっていた。

 「コデラックを20錠飲むとリン酸コデイン160ミリグラムになるんだけど、いい感じでハイになるんだよ」とアレックスは報告する。「僕は1日に60錠飲むんだ。ヘロインをやってたときは1日200ドル使ってたけど、今は月に300ドルだけ。だから前みたいに恐喝したり盗みをやったりしなくてすむようになったんだよ! ほんとにありがとう、コデラック」

 資本主義の見えない手は、こう言うんだ:「合法化しろってば」

VLAD OSOVSKY