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それもこれもギター派だった俺が、イアン・カーティスのポジション を受け継いで、考えもつかないボーカルをやる事になったから。いく ら今まで歌ってきた奴らでもイアンの後継ぎなんかはチャレンジも 同然、ましてボーカルの経験がない奴にはたまったもんじゃない。思 いもしなかった事をやらされる訳だから、飲んだ空元気で自分の置 かれた立場を理解しようとしたんだ。 アメリカで成功しはじめた時、最初は400人ぐらいのナイトクラブから 1,000人、5,000人って増えて、終いには毎晩2万5千人の前で歌っていた。 俺はただのカルトバンドのボーカルじゃなくなって、いきなりセミプロを 通り越して大物グループのシンガーになってしまったんだから、でかい責 任とプレッシャーで、自分のやってる事が何が何だか分からなくなった。 アメリカの観衆はフロントマンに期待しすぎるんだよ。 だから飲みまくってたって訳。まぁ半分は(飲むのが)好きってのも あったかな。 しらふで30日ツアーなんて、毎晩ショーを見に行くよりもつまらない。あ る時には、飲んだくれて病院で目が覚めたなんて事もある。スティーブ・“シ ルク”・ハーリーとDJ、それからデトロイトクルーが俺らの為にまわしてくれ たパーティーでは、一口も飲んでないのに途中からいきなり咳き込んで止 まらなくなったんだ。そのまま車に乗っけてもらってホテルに戻った途端、 夜中の1時から次の日の16時頃までノンストップで吐き続けた。この時す でに、俺の胃はぼろぼろになってたから、次の日あったデトロイトでのライ ブも検査に変更だろ。こういう事があってから、自分の人生がどれだけ危険 にさらされているか分かったんだ。もしこのまま続けていたら、 どんどん深 みにはまって自分でやってきた事の仕返しが来るんじゃないかと思い始め た。だからとにかく休みたかった。長い休暇が必要だったんだ。 BARNEY SUMNER 実際にニューオーダーは『リパブリック(1993))から『ゲット・レディー(2001)』のリリースまで 超長期休暇をとった。最新アルバムはワーナーからリリースされた『ウェイティング・フォー・ザ ・サイレンズ・コール』 ![]()
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