1997年9月
部屋の外の廊下でヒッ プホップ系のイイ男に会 った。まだ話とかしてな いけど。明日はいよいよ 大学初日。大学!なんか キンチョーする。いい成 績取りたいし勉強も大 好きだけどとにかく遊び たい。シンシアみたいに レイブ行きまくるとかじ ゃなくて、リラックスしてトリップしたりプレスコットみたいな 小さいクラブで遊ぶくらいでいいんだけど。リズってコは自意 識過剰で態度がデカい。アマンダも自分がかなりイケてると思 ってるみたいだけどダサイ。シャブ(!)を持って来てくれるらし いノエルはまだ帰ってきてない。ティムはいいなー、おもしろ い。相当いい。バイだとか言ってるけど。それではまた明日。

2004年9月
ああ愛すべきハンプシャー大学。バカ集団がガッコのカンバ ンにスプレーで落書きして「ハンプシャー大学」から「ハンプ シャー『大学』」に直したことなんか大学時代最高の思い出 のひとつだ。だいたい、ハンプシャー大学は「大学」と呼べる 代物じゃなかった。成績つけない、テストナシ、フラターニティ (※社交クラブ)すらナシ。科学の課題をひとつやればいい だけ。私は確かビールを醸造した。しかもうまかった。一番大 きなイベントは毎年開催される女装ダンスパーティとハロウ ィン(ちなみにこれ、サタンの誕生日ね)にやる「トリップ・オア ・トリート」。学校はドラッグに対してむしろサポートしてたぐ らいで、バルーンで出来たお城、ミネラルウォーター、テント などが完備された遊び場をエルやってるコ達にご提供くだ さった。キャンパスには住める場所が三箇所(もちろん寮は 除く。ここはクソ真面目な一年生だけが住むとこだ):プレスコ ット(通称「市内」)、エンフィールド(通称「住宅地」)、グリー ンウィッチ(通称「森」)。私はプレスコットに住み、ピエロを十 字架にかけたりインディーズのロックバンドや白人ラッパー にガラス瓶を投げつけたりする日々を送った。ああバラ色の 日々よ。当時の日記で名前が出た人間のうちハンプシャーに とどまったのは一人だけ。アメリカで一番中退率が高かった に違いないよ、マジで。一年生の時、私はハイスクールの時と てもじゃないができなかったファグ・ハグ(ゲイのコ達の女友 達)になるのに丸一年を費やした。ユダヤ系の女子なら誰で も通るべき道だ。人生の何たるかを学んだってやつだな。

残りの三年はいろいろな事を考えたりして過ごした。トラ ブルから逃げる方法、他人をいかに操るか、どの人が尊敬に 値してどの人がその逆か、ドラッグを誰とやるべきで誰とや るべきでないか、「本物」とは何か、自分が抱える問題とは何 か、それら問題の対処法。限られているスペースで一番おも しろい人たちを見つけかつ友達になったり、いかにも大学 生な映画(「ミート・ザ・フィーブル~怒りのヒポポタマス~」 とか「スイート・ムービー」とか)もたくさん見た。

もうひとつ学んだこと、それは誰とセックスするか( 1700人しか生徒がいないと近親相姦じみてくる)、そしてど こまで行くべきか。まあこれは別の話なのでアレだけど。ギ ター弾きながら仲良く歌ったり、ジョーン・クロフォードも真 っ青の神経衰弱に陥ったりもした。大学はビンラディンの事 を討論するための場じゃない。ちなみに私は四年ですんばら しい成績で卒業致しました。ひざまずいて靴をお舐め。

LESLEY ARFIN



Your email:
Their email:



Comments:

Post a comment:
(posts that are not on topic will be removed)

Name:
Subject:
Comment:




Vice Magazine Japan | E-mail: info@vicejapan.com | Site Design: Solid Sender