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HIDESHI HINOINTERVIEW AND PHOTO BY TOMOKAZU KOSUGA ![]()
その昔“スナッフビデオ”と言えば、都市伝説の最たるモノの1つだった。いわゆる“娯楽目的で流通するために撮影された殺人ビデオ”ってヤツだ。誰もその実物を観たコトはなかったものの、その存在だけはまことしやかに囁かれ、人々の好奇心を刺激した。とりわけ憲法第9条という巨大な南京錠で外部の悪魔どもから守られたこの日本において、その平和さ故に鈍った本能を取り戻すべく、スナッフの存在に魅了されていった日本人。しかしそうした期待とは裏腹に、スナッフビデオが世に出回ったコトは1度もない。
まだありましたか!『ギニーピッグ2』は本来、全て回収されているハズなんですよ。当時、日本全国の教育委員会がアレを観てマズいと思ったらしく、全部回収されてしまったんです。私にしてみたら、そんなのは“してやったり”ですけどね。さらに時代を遡ると、60年代にはイタリア発の猟奇系ドキュメンタリージャンル“モンド映画”が、日本に住む一部の現実主義者たちの心をワシ掴みにした。人が死ぬシーンの大半がヤラセで構成されているモンド映画をスナッフビデオとは到底呼べないものの、例えば動物を実際に殺すシーンなどを意識的に挿入することで真実とウソの境界線を曖昧にし、死をより身近に感じさせるコトに成功している。こうしたメタ・ドキュメンタリー構造の殺人映像作品は後の『食人族』(日本公開1983年)へと引き継がれていく。 そんな中、1985年に日本で製作された1本のビデオが話題になる。それが『ギニーピッグ2血肉の華(以下、ギニーピッグ2)』だ:ホラーマンガ家・日野日出志氏のもとに届いた1本のビデオ、それは或る男が1人のオンナのコをコマ切れに切断していくという内容の残虐スナッフだった。それを再現VTRとして撮影したのが『ギニーピッグ2』。そもそもがこの設定自体フィクションだから、しいて言うなら“メタ・スナッフ”といったトコか。背後に潜むホンモノのスナッフの存在。そんな設定上で生々しい切断映像を見せられる。いくらフィクションだと分かっていても、様々なメタ構造が観る者を困惑させ、なにが真実でなにがウソなのか分からなくなってくる。 ビデオ黄金時代の到来を先読みし、その頃騒がれ始めたスナッフの存在をヒントに、さらにはメタ・ドキュメンタリーの持つ“虚構と現実の揺らぎ”を半ば本能的に自力で思いついて投影したと言う日野氏。その甲斐あってか、当時チャーリー・シーンが『ギニーピッグ2』をホンモノのスナッフと思い込んでFBIに通報するというお茶目さを残している。しかしそれから4年して事態は一転、思いも寄らない展開を迎えた。すなわち、宮崎勤による幼女誘拐殺人事件の発生だ。この時、宮崎勤の部屋から『ギニーピッグ2』が見つかったという誤報が大々的に報じられ、日野氏は悪い意味で一躍時代の人に。如何に冤罪が恐ろしいモノか、そしてメディアと警察がとった当時の対応について聞いてきた(それから仕事場で飼ってるリクガメについてもな)。 Vice:先生は『ギニーピッグ2 血肉の華』の監督である前にマンガ家として有名だ。まずはマンガ家としての始まりについて聞かせて。 日野日出志:高校1年までは映画監督になりたいと思っていました。なので授業中に先生の目を盗みながら、芥川の『地獄変』や自分の好きな映画の絵コンテを描いていましたね。ただ、当時高かった8ミリカメラを買うことはどうしても出来なくて。それでフラストレーションが溜まっていたんでしょう。 最初は映画が好きだったんだね。マンガとはどうやって出会ったの? 或る朝、友人が紙の束をドカッと僕の机の上に置いたんです。それがマンガだった。僕が「なにコレ?」と訊くと、「キミはこういうのがスキそうだから」と言うんですね。それは彼が自分で描いたモノだったんですが、それなりに描き慣れていて絵もウマかったんです。それを読んでいるうちに“そういえば子供の頃に自分もよくマンガを描いてたっけ”と思ったんですね。映画とはちがって、マンガならすぐに作品が出来上がるでしょう? そんなワケで“マンガを描いてみようか”と思ったのがきっかけでした。 絵コンテって、確かマンガそのモノだね。 そうですそうです。映画に比べたら、手っ取り早く作れるしね。紙と鉛筆、それからインクとペンさえあれば出来ちゃう。マンガも奥が深いですから、すっかり虜になっちゃって。それがきっかけで、大学にも行かないことにしたんです。 映画からマンガへと興味の矛先が移ったコトでマンガ家としての人生が始まったのに対して、再び映像を撮るコトになったきっかけとはなんだったの? 『ギニーピッグ1』の製作陣に私のファンがいたみたいで。『ギニーピッグ1』がクランクアップした時の打ち上げの場で、私の名前が話に出たみたいなんです。それでプロデューサーが私のところに来た。私はマンガ家だからストーリー物を撮ってみたいと思いましたが、彼らはこう言うんです「予算もないから、撮影場所も1ヵ所に絞って1カット1カットを長回しで撮って欲しい」と。そうした制限の中でどんなモノを撮れるか考えたんですが、当時の日本ではスナッフが都市伝説として騒がれていましたから、それをテーマにしてみようと思いました。ただ、そのままストレートに描がいたのではツマらないので或る設定を設けたんです:“或る日、アタマのオカしいファンが私に8ミリを送りつけてきた。その内容がスナッフだった。それをそのまま公表することは出来ないので、私が再現映像を作った。それがこのビデオだ”とね。とにかくテーマや主人公の心情などを抜いてしまうことにしたんです。私は初監督だったし、周りも若い連中ばかり。そんな状況でストーリー性の強い作品を撮るとなると、必然的に安っぽくなってしまう。だから逆にそういった要素を一切省くことにしたんです。 先生のマンガはストーリー性が重要な要素だから、本作のようにストーリーのない作品は異例だね。 この作品に関しては逆に物語性やテーマ性を抜くことに意味があったんです。でも逆に、当時はそれが問題になってしまったんでしょうね。ホンモノのスナッフに近くなりすぎてしまった。当時、ジャーナリストの木村太郎がテレビのニュースで映画評論家の水野晴郎に「こういうビデオは世の中に必要でしょうか?」と訊いていましたが、水野晴郎は「まったく必要ないですね〜、ハリウッドのホラー映画は必ずテーマがありますから」と言っていましたよ。そんなの分かっとるわ! 冗談じゃない、ハリウッドのホラーにオレのホラーは負けないわ! それが狙いなのに。“ガキみたいなこと言ってやがんな”と思いましたよ。 僕はこのビデオがレンタルビデオ屋に置かれているのを見たコトがある。でもコレって発禁モノだから、販売もレンタルもされてないハズだよね? ホラー作家にとって、自分の作品をホンモノの恐怖に仕立て上げられたのは1番の名誉だ。カタチには残らないにしろ、人々の記憶に恐怖として残る。それこそがホンモノのホラーだと思う。 そうですね。でも日本でならまだしも、欧米でも話題になるとは思ってなかったんですよ。アメリカではDVDも出ているし、欧米のホラー業界でこの作品を知らない人はいないみたいで。スペインのサンセバスチャンで毎年開催されている“ホラー映画祭”にも一昨年ゲストとして招かれて、『ギニーピッグ2』の上映会をしたんですよ。 ![]()
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